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おいしい煮つけになりたい

唐瓜直が何やら日記を書いたり、即興創作(140文字×X+α)したり、メモしたり。というブログ。

失敗しているのかもしれない

創作

 寒い冬の日に、三輪の自転車をこぐおばさんがゆったりとした呼び声を上げていた。

アロエェーぇ、アロエー」

 見れば後部のかごには山のようなアロエ。一鉢載せているだけなのに、やけにこんもりとしていて、ひどく目立つ。

 地元では見たことがない光景だった。大学進学を機に東京に出てきてから、世の中にアロエ売りという職業があるのだと初めて知った。不思議そうにアロエ売りを眺めるわたしに、付き合っていた彼が教えてくれたのだ。

「あれはアロエ売りだね。ほら、なんたってアロエは万病に効くから」

 そんな彼も先月亡くなった。事故に巻き込まれて。

 つい彼のことを思い出していたからか、アロエ売りのおばさんをじっと見てしまった。

 きこきことさび付いたチェーンが回る音をさせながら、アロエ売りのおばさんはわたしの方へとハンドルを切った。

「なんだい、あんた、アロエほしいのかい? どこが悪いんだい? 怪我があるのかい? それとも、内臓?」

 「あ、いえ」

 そうではないんです、と小さい声でわたしは答える。「亡くなった彼のことを思い出して」

「ああ、それならアロエがいい」とおばさんは言った。ダウンコートによる着ぶくれのせいか、それとも体型のせいかひどく丸々としている人だった。だけど声はどこか鋭くて、丸みがない。こちらに口を挟ませない勢いもあった。

 「アロエはね、何にでも聞くんだよ。擦り傷打ち身にうつ病捻挫、恋の病にうってつけってね」

 おばさんはリズムよく口上を述べながらサドルに乗せたでっぷりとした体をひねって、後部の荷台からアロエの葉をいくつか折ってみせる。

「忘れたいわけじゃないんです」

 わたしにアロエの葉を押し付けようとしてくるおばさんに、かろうじてそう伝えることができた。

「忘れることもできるけれども、なに、アロエにはもっといい使い方があるのさ」

 それからおばさんは荒唐無稽な話を言って聞かせた 。

 まずはアロエを中火でよく煮出す。その際透明な果肉と、緑の表面はあらかじめ別にしておくこと。よく煮詰めていくとやがて青臭さが消えてくる。とろみも出てくる。そこからは強火をキープ。ヘラでかき混ぜていく。焦げてもいい。とにかくかき混ぜる。すると最後に黒い粘り気のある軟膏が出来上がる。

「それをね、恋人を思い出しながら、適当な相手に塗り付けな」

 つむじ、額、鼻の頭、頬、のどぼとけ、鎖骨と鎖骨の間、浮き上がった肩甲骨や肋骨の隙間――おばさんはどこに軟膏を塗るのかを言いながらわたしにアロエの葉を握らせた。

「するとあら不思議、死んだ相手と再会できるのさ」

 お代は成功したらでいいよ。おばさんはそう言ってきこきこと自転車をこいで行ってしまった。

 

 そんなこともあったなと 、年の瀬の街を歩きながらわたしは思い出す。

「どうしたの?」

「ううん、何でもない」

 わたしは、よみがえった彼と街を歩く。つないだ手は暖かい。名前や見た目は、代わってしまったけれど、中身は間違いなく彼だ。

 あの日以来おばさんを見かけていない。こうやって彼と再び出会えたのだ、いつ料金を請求されるだろうかと思いながらわたしは彼の手を握った。

 どうしてか、鋭いとげのような感触が手のひらに広がった。

秋になるたび彼女は

創作

「それでね」と近くの高校のサッカー部員について語るのは幼馴染の月子だ。

 肩にかかる長さの、黒というより濃緑色の髪は赤く染まっている。生活指導の先生に注意されることもある髪だ。一年の時は僕が説明に駆り出されて大変だった。

 月子の髪は葉っぱが紅葉する様に季節によって色を変える。冬になると抜けはしないが先のほうがボロボロになってしまうから短くせざるを得ない。彼女の髪を見て僕は季節を感じる。

「月子、わるいけど、僕委員会の仕事中なんだよ」

 うちの学校があまり図書室利用者が多くないとはいえ、暇というわけではない。カウンターに腰掛けてずっと話しかけられるのは困ってしまう。司書教諭の宗像先生が呆れた目でこちらを見ているのに、月子は気づいていないのだろうか。

「格好いいんだー」と口でドリブルの様子やらを語って見せた。身振り手振りも加わっているが、奇妙な踊りを踊っているようで意中の彼とやらの格好良さは伝わってこない。

 月子は夏に元気になり、秋に恋に落ち、冬に失恋し、そして春まで僕が励ます。

 長い付き合いでずっとそんなサイクルを続けてきた。

 月子は説明をひとしきり終えると、そわそわと時計を見た。気になっている彼のことを見に近くの高校に行きたいのだろう。

「別に、僕の事待たなくていいんだよ」

「ほんと!?」

「いや、約束してるわけでもないでしょ」

「あ、でも、帰る時回収して」月子はスーパーの広告の品を買わせたいがために僕の帰宅時間を待っていたのだ。これも、いつものことだから僕は何も言わない。

「はいはい。あ、ちょっと待って」

 僕は彼女の襟元に落ちていた髪の毛を取ってあげる。

「鏡は見てからいきなね」

「はーい。あとで迎えに来てね?」

 手を払うようにして月子を見送った。こんな関係も、あと二年も続かないだろう。たぶん。大学は別になるような気がしていた。そうしたら会うこともなくなるのだろう。

 初恋をこじらせているという実感はあった。手にした彼女の髪の毛は、一本だけ見ても赤い。

 運命の赤い糸があるとしたら、僕と彼女の間にはむすばってないのだろう。思い付きで、手にした髪の毛を薬指に結わえてみるが、ばかばかしくなってしまう。

 ずっと見ていたのだろう、「やだ。青春ね」と宗像先生が言った。

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