おいしい煮つけになりたい

唐瓜直が何やら日記を書いたり、即興創作(140文字×X+α)したり、メモしたり。というブログ。

廃材と少女のダンス

「これ捨てておいてくれ」

 そう先輩に頼まれたのはずぶぬれになった機材だった。ギター、ベース、キーボード、ドラムセット、アンプ、マイク――

「ああ、水没シーンの。これ、もう使えないんですかね」

「ダメだろ。普段使ってるものじゃないらしいしな。お前、趣味でやってるっていうデジカメ、水没させられるか?」

「防水なんで平気ですよ」

「そか」

 先輩の話ぶりから想像すると、どうもあれらは防水仕様ではないらしい。確かに、屋外ライブでもない限りは防水機能なんて必要ないし、そんなもんなんだろう。つまり、撮影の度にでるごみだ。

 直帰する先輩と違って僕はこうしたごみを会社に一度持ち帰る必要がある。入ったばかりでなれないことも多いが、下働きにしてはしっかりとお金がもらえることもあって気に入っている。もちろんずっとというわけではないけれど、腰掛としては悪くない。

「あと、そのトランクの中身も頼む」

「はーい」

 渡された巨大なキャリー付きのトランクを積み込むとそれが最後だったらしくて解散ということになった。

「それじゃあ、お疲れ様です」

「おう、気をつけてな」

 会社に戻ると、廃棄用の倉庫に積んで帰ってきた荷物を並べていく。山積みになった廃材。最後にかたづけるのは先に下してわきに置いておいたあのトランクだ。

 大きいトランクで、人が入りそうだな。最初に見た時そう思った。

 まさか本当に人を運ぶとは考えてもみなかったけれど。

 横倒しにしたトランクを開けると少女が入っていた。服は変えたのだろうけれど、まだ髪が濡れていて額に張り付いている。

「こっちへ」

 声をかけると彼女は立ち上がる。倉庫の一室へ案内すると、彼女は部屋の真ん中に立って、足でリズムを取り始めた。

 今日の仕事はMV撮影の補佐だった。来月発表になる、ロックバンドのMVだ。撮影したのは販促用の映像を手掛ける若手の映像作家で、必ず無名の少女を一人起用することで有名だった。

 どこから連れてきたのかも不明なら、その後で芸能活動をするわけでもない。一回限りの出演者。

 その一人が目の前の彼女だった。

 少女が一礼。跳んだ。回った。無表情なまま、跳ね回る。

 撮影のために踊りを仕込まれた少女が、ただひたすらに教わった動きを反復していた。

 監督がMVを撮影する度に、若い少女が一人この世から消えている。時々社会復帰できることもあるらしいけれど、うまくいかないことも多いと聞いた。詳しく知ろうとしないほうが身のためだぞ。先輩の言葉が不意に脳裏によみがえる。

 倉庫の明かりの下で、彼女は繰り返しはねるように動く。残念なことに、それをとらえるカメラはなくて、僕の記憶に少しの間残るだけだ。加工された映像は出回って、今回も話題作になるのだろうけれど。

 ワンカット分を踊り終えたのか、少女の動きが止まった。僕は倉庫を後にする。扉を閉めようとするとその音に反応したのか、別のシーンの踊りを彼女は始めていた。

「可愛いのにもったいない」締めながら僕はつぶやいていた。

 その声が聞こえたのだろうか。無表情ダンスを仕込まれた彼女が、ほんの少し唇を動かして嬉しそうにした。