月に向かう流星を見たんだ
ジェットコースターがレールを外れ月に向かって飛び出した。メンテナンスエンジニアの仕業だ。彼はこの遊園地が好きだった。もうすぐ廃園になるけれど子供のころから通っていた、大切な場所だ。記憶の中にだけでもここが残ればいい。それが月に行くコースターのあった遊園地としてだったら最高だろう?
機体は軽い方がいいだろうと、先頭車両だけにした。それに市販の花火をぐるぐると括り付けた。彼は閉園後、まばらな帰り客が駅に向かう中で、ジェットコースターに乗り込んだ。「ようするにな、コースターっていうのは位置エネルギーの利用なんだ。最初の下りで稼いだエネルギーの分だけ動けるんだよ」
園長の言葉を思い出す。でも知ってますか園長。最近は、エネルギーを後付したりもするらしいですよ。彼の言葉を聞いた園長は少し寂しそうに「うちに金があればなあ」とつぶやいただけだった。園長は彼が子供のころから園長をしていたので、今ではすっかり年老いた園長だった。長いひげは全て真っ白だ。
「残念だけど、閉園だ。みんなが、覚えててくれれば幸せだなあ」と園長が言ったから、メンテナンスエンジニアの彼は飛ぶことにしたのだ。彼は飛んだ。位置エネルギーを運動エネルギーに変えて、花火の推進力で空へ。そう、もうわかっただろう。あの月に刺さったジェットコースターの正体が、それだよ。
それが話題になって遊園地は閉園を免れた。目玉は夜になると花火を振りまきながら滑走するジェットコースターだ。もっともちゃんと計算されているから月にはいけないけれどね。今では世界中の誰もが、この遊園地のことを知っている。君がそうであるように。メンテナンスエンジニアはどうなったかって?
もちろん、無事に月から帰ってきて、今でもジェットコースターのメンテナンスをしているよ。