ベンチに腰掛けていたら、前を通ったカップルが俺のほうを見た。何かおかしなところがあるだろうかと思ったが何のことはない。隣のベンチに家なしの老人が一人、ダイナミックな寝姿で横になっているのだ。エビ反りのような姿勢で、背中と座面には隙間ができるほどだった。「俺はな、月まで跳べるんだ」
彼の寝言を聞きながら俺は手元の缶酎ハイをあおる。金曜の夜、ささやかな楽しみだ。白い息を一つついて、ぼんやり空を見た。三日月が出ている。それを横切る影があった。美しい背面跳びだ。ふと視線を隣にやればもう誰もいなかった。酔いすぎたのだろうか。缶を傾ける。一滴たりとも残っていなかった。